言葉にならない言葉

心の底を言語化したい

悪気なく傷つけることについて

今日は診察日でした。

 

私が今一番困っていることについて相談しました。

 

学校では来週、英検の一次試験が控えています。

私と、女の子の友達、男の子の友達の3人が受けます。3人とも同じ学年で同じ進学コース所属です。

 

ある日、私と友達の女の子(Aちゃんとします)で英検の話をしていました。

 

Aちゃんと男の子の友達は、すごく勉強を頑張っていて英検の勉強も意欲的に取り組んでいます。

それに対して私は全く勉強に取り組めず、ほぼ諦めてしまってました。

 

だから、私は努力してないから不合格だろうなと思って、何気なく、

「多分、私だけ落ちて、Aちゃんと男の子の二人は受かるよ〜」

と言いました。

 

そしたらAちゃんは

「それは言ったらダメやろ…」

と結構真面目な顔で私に言ったのです。

 

2人は凄く努力してるから、実を結ぶだろうけど、私は努力してないから多分ダメだろうと言いたかったので、なんでAちゃんに注意されたか分かりませんでした。

 

あとでよくよく考えると、1ヶ月ほど前の模試の結果は私が校内で一位だったから、嫌味に取られてしまったかもしれないと気づきました。

 

今までの私の行動を省みると、無意識にマウントを取ったり、嫌味を言ってしまうことばかりしてしまってました。

 

そして、私は喋れば喋るほど、人を不快にしてしまうから、最低限しか話さないでおくという結論に達しました。

でも、友達と話したいし、どうしたらいいんだろう…

というのを今日先生に話しました。

 

先生はどんどん嫌味とか言ってしまってくださいと言いました。

故意ではなく、人を不快にしてしまったことに気づくことができれば、自分の成長に繋がるし

 

人から傷つけられたり傷つけたりしないと、何を言われたら傷つくのか、何を言ったら相手が傷つくのか分からなくなるから、若いうちにいっぱい経験して、成長するべきだと言ってくれました。

 

傷つけてしまったことに気づいたら、ごめんねって謝ればいいだけだし、それだけで激しく怒鳴られたり恨まれたりすることはないから大丈夫だよって教えてくれました。

 

安心しました。人に対しての気遣いができない私の行動を叱るかと思ってたのに、むしろ褒めてくれたので。

 

このことはずっと忘れないでおきたいです。

お父さんへ

お父さんへ


私がどんな思いで潰されそうだったのか知っていますか?

「お父さんがほしい」という思いです。

お父さんはいるんですけどね、もう帰ってこないじゃないですか。もう戻ってはこないんでしょう?

現実を受け止められませんでした。

褒められたい頭を撫でられたい抱きしめられたい愛情がほしい淋しい虚しい

もう二度と叶わないんですね。

もし仮にこれから抱きしめられたとしても嫌悪感しか抱きません。

もう、純粋な気持ちでお父さんを好きでいることは絶対にあり得ないです。

「お父さんが大嫌いだけど大好きだ」っていう葛藤が永遠に私を苦しめるのです。

大嫌いな理由は分かってますよね。

聞きたいことが山ほどありますが、あなたは逃げることしかできないようなので。

大好きな理由も分かりますよね?

あなたの実の娘だからです。

一番最初の子供だと信じてますが。違った場合は知りません。

あなたが帰ってこなくなった時から私の精神年齢は止まっているように思います。

主治医曰く精神年齢は3歳まで戻ってしまっているようですが。

なんで私たちを捨てる必要があったのですか?

前にあなたは不倫した相手と逃げるのが一般的なんだと言ったでしょう?

意味がわかりません。

不倫相手との子供が一番可哀想です。

もう一人の娘から可哀想扱いされるあなたのお子さん、可哀想ですね。

自分の欲を満たしたいがためにどれだけのものを傷つけてきたか理解していますか?

そういえばこんな事も言いましたね。

「俺を嫌いになって仕舞えばいい」

そんなことできるわけないでしょう?

できたらとっくの昔にしてますよ。

でもできないんですよ。娘だから。

嫌いになってしまいたいのに何故だかできないんです。

ずっとずっと私は苦しみ続けるんです。

妹だってそうですよ。

私より小さいんだからもっと心は傷ついてます。

お母さんだって、ずっと私たちに隠して抱え込んできたんです。お母さんも精神科にかかっています。

全てあなたのせいです。でもあなたのせいにできない私がいます。全部私が悪いんだと思う私がいます。

全てあなたが悪いと「頭では」分かっていても心では分からないんです。

憎くてしょうがないのに、憎みきれないんですよ。

この気持ちが分かりますか。

親に同じことされてるから分かりますよね?

私はファザコンに成り下がってしまいました。

40代のおじさんを捕まえては依存して父親を求めています。

死ぬまでこれが続くんでしょうね。

毎日希死念慮の塊です。

全て壊れました。高校生活も夢も未来も。

死ぬ前にこれをあなたに送ります。

何年間か何ヶ月間か知らないけど短い間でしたが大切にしてくれてありがとう。

新しい奥さんとお子さんと幸せに暮らしてください。

いつか堕ちた時の私へ

地獄のような毎日を生き延びてるだけで、100点です。けんちゃんがよく言ってくれてたよね。

 

多分今の私は

「死ぬしか助からない」

「死んだら全ての苦しみから解放される」

と毎日思ってるんだろうと思います。

 

でも、それは違うよ。

保護室で、けんちゃんが言ってたこと覚えてますか?

「人間は生きるために存在してるんだから、どんな理由があろうと死ぬ結末に至る道は全て間違ってる」  

 

「私は存在するだけで人に迷惑をかけてるから死なないといけない」って考えによく至るけど、それは大間違いです。理由は上の通り。

 

死にたい、死にたいって思ってるよね。

苦しいよね。死んだ方が楽になれるって思うよね。

 

だけど、10月から今まで、ずっと楽しく生きてこられたから大丈夫です。

今しんどいのを乗り越えたら、また回復して楽しい生活を送れるようになるから。

 

それと、先輩の話を聞いて、共感してあげられたこと覚えてますか?思い出してね。

あの時私は、すごく嬉しくて、初めて病気になってよかったと思いました。

 

心理学を勉強して心理士になりたいと今強く思ってるけど、きっと堕ちてしまった私は進学のことなんて諦めてるでしょう。

 

でも、あの時、よかったと思ったと同時に絶対に心理士になって同じように辛い思いをしてる人に共感してあげたいと思ったよね?

 

諦めちゃダメ。今は勉強できなくてもまた回復してから勉強し直せばいい。浪人してもいい。

 

だから死なないでください。

地獄だと今は感じてると思うけど、元気な私の生活はすごく充実していて楽しかったから。

忘れないでね。

最低な動機

9月末に退院してから、私の生活は非常に良好です。

 

心理学部合格を目指し大学受験勉強を始めて早いもので二か月が経ちました。

平均して一日四時間は勉強できています。それも楽しんで。

 

全日制高校に在籍していた時は国際関係を学びたくて、地元の国公立大学を志望していました。

しかし、まともに勉強ができる状態ではなくなり、今の高校に転学しました。

 

去年の夏から精神科に通い出して、カウンセリングも受けだしたことから、精神医学や心理学に非常に興味がわきました。

りゅうくんやけんちゃん、カウンセラーさんを尊敬しているので私もそうなりたいと思ったからです。それに、自分の事をもっと知りたいと思ったから。

 

心理学を学べる国公立大を目標に今年の5月から気持ちを改めて勉強を始めました。

しかし、授業をしてくれる先生はいない状態で、参考書のみで黙々とする勉強は長くは続かず、一か月で挫折しました。

 

 

心理学を学ぶことはもう諦めてしまっていました。

 

転機が訪れたのは10月になったころでした。

退院したばかりでしたが、あの地獄の生活が嘘だったのではいかと思うほどに平穏な日々を過ごしていました。

 

学校のお昼休みでの出来事でした。クラスの友達と担任の先生とご飯を食べていました。

幼馴染の友達がいて高校が一緒なのですが、その友達が担任の先生に相談をしていました。私は真横に座っていたので会話を聞いていました。

 

「私、大学に行こうと思ってるんですが、今からでも間に合いますかね?」

と幼馴染は先生に聞いてました。

 

その子はてっきり就職するんだと思っていたので、私はびっくりして

「大学でなんか学びたいことがあるの?」

と聞きました。

 

「心理学がやりたいんだ」

幼馴染の言葉を聞いた私は一瞬心臓が止まりました。

実際には止まってないですが、それくらいドキッとしたのです。

 

完全にパニックになってしまい

「えっ私と一緒だ!○○ちゃんがやるなら私もやる!」

と言ってしまったのです。

 

これがどうして最低だったのかというと(けんちゃんには見抜かれてしまっていたのですが。)幼馴染は私より勉強ができるはずがないのです。

彼女は小中不登校で、今の高校(通信制)にいるのです。

 

対して私は、毎日学校に通って部活もしていたし、なんなら高校受験は成功し、偏差値でいえば中の上レベルの高校に余裕を持った状態で合格しました。

全日制高校時代では、定期テストは上位に食い込むこともありました。

 

要するに

私より学力が低いやつが私の諦めた大学に、それも心理学部に合格したら悔しくてたまらない。だから負けるわけにはいかない。

と、そういう理由で私も同じタイミングで大学進学に向けて勉強を再開したのです。

 

うーむ最低ですね。

その時の幼馴染のなんとも言えない顔は今でも忘れられません。

 

あの日から2か月経った今、その子とほぼ毎日学校に自習に来て何時間も勉強しています。

 

ただ、私が思っていた以上にその友達は勉強ができました。

悔しい思いをすると同時に、もっと頑張らなきゃなと私のエネルギー源にさせてもらってます。

 

一緒にご飯食べに行ったり、二人だけの恋バナを共有したり、関係は良好のはずです。

 

勉強を再開した動機こそ最低でしたが、二か月もモチベーションを維持できているのはその子と一緒に大学に行きたいと思えるからだと思っています。

今はまだ答えが出せない

今日は診察がありました。

その中で、一番メインに話したこと、それは前回の記事についてです。

あの時母に暴言を吐かれたり暴力を振るわれたりしたことは、虐待だったのか躾だったのか…という記事でした。

Twitterでも一部お話ししましたので被る部分があるかと思いますが、私の為に書くブログですのでご了承ください。

 

mocchi-utsu.hatenablog.com

 

文字に起こしてみると、あの時の感情や行動すべてを思い出すことができたので不思議なものです。

 

記事の通り、母の事はすべてりゅうくんに伝えました。

りゅうくんはとても悲しそうでした。

 

「毎日ご飯を作ってあげてるのは誰だと思ってんの!?」

「お腹痛めて産んで育ててあげたのに」

 

母が言ったこの言葉には母の「愛されたい。優しくされたい。認められたい」という思いが見えるとりゅうくんは言いました。

 

旦那(父)に裏切られ、母の母(祖母)や父(祖父)は近くにはいません。無償の愛を子供の私に求めたのではないかと言われました。

 

りゅうくんは、悲しそうにため息を吐いて

「そうかぁ…だから山本ちゃんは(優しすぎる子)になったんだね」

カッコ内の部分だけよく思い出せないのですが、多分「優しすぎる子」のような感じの事を言われたような気がします。

 

「入院中に知り合った危ないおじさんたちのことも『申し訳ないから断れない。私の身に何かあるかもしれないけど仕方ないし自分の体だからどうでもいい』って言って危ない所に行こうとしていたのも説明がつくし、小さい時、お母さんを愛してばっかりで自分は愛されてなかったから今山本ちゃんにそのツケが回ってきてすごく愛情を欲してる。」

 

すぐに母が荷物をまとめて出ていこうとしてたことも言いました。小さい頃は私と妹で泣きながら力づくで抑えて止めていたこと、私が中学生くらいになったら家出する母を放っておいて出ていかせたら五分くらいで戻ってきていたこと。

 

「お母さんは試していたんだよ。自分が必要とされてるって感じたかったからわざと出ていこうとしたんだよ。だから放っておいたらすぐ帰ってきたでしょ?」

 

私は、お母さんがしたことは虐待なの?躾なの?って聞きました。

そしたらりゅうくんは「それは山本ちゃんが決めることだよ。その場に先生いなかったもん」って言いました。

 

だから私はずっと考えているんです。なのに、まったくわからない。

当時の母の行動の原因はきっと父だと思います。母は私が三歳の時からずっと不倫の事を知っていて黙っていたんです。つらかったに違いありません。

 

今日、りゅうくんが言っていた通り、親は聖母マリア様じゃなくて人間なので、子供に感情的に当たらないとか叩かないとか無理なんだと、わかるんです。理解できるんです。私だって、もし母親になっても優しくて怒らなくて(叱るとは別)理解ある母親になんてなれません。

 

りゅうくんは「叩くのも怒るのも、毎回じゃなければいいよ。人間だから。」

と言いました。

 

わかるんだけど、すごくつらかった。

 

全ての原因が父にあって、母も寂しくて辛かったとしても、殴らないでほしかった。

 

でも、母がした事を虐待だったとは言いたくありません。躾だったとも思いたくありません。

虐待か躾か

りゅうくんは、私の事を虐待を受けた子供だと言いました。

父が不倫して離婚を持ちかけた、それは立派な虐待だと言います。

 

私は「虐待」という言葉はもっと重くて、毎日暴行されたり、ご飯を与えずに餓死させたり、性的暴行をされることだと思っていたので、りゅうくんの言葉にとても驚きました。

 

実際に私が想像するような虐待に遭った方は「その程度で虐待なんて笑わせるな」と思われるかもしれません。私もその立場ならそう思います。その方にとって、虐待されていたことは何よりも苦しいものだったのだろうと想像がつきます。

 

だから、父から受けたものが本当に虐待なのか、母から受けた暴力や暴言は虐待なのか躾なのか私にはわかりません。

ただ、苦しい思いをしたことは間違いありません。苦しさのレベルが違うかもしれませんが、私にとっては地獄でした。

 

まず父の事について話します。もう何回も話した話なので聞いたことある方もいるかもしれませんがお許しください。

 

 

父は私が3歳の時から不倫し、不倫相手との子供を作り、ついには離婚相手と再婚するためでしょうね、母に離婚を告げました。

 

父はほとんど家に帰ってきませんでしたし、暴力を振るわれたことはほとんどありませんでした。だから、りゅうくんに父の行為は「虐待」だと言われた時、否定しました。

しかし、りゅうくんは「心の虐待」だと言いました。

 

次に母の事を書きます。

私が小学生の時、よく母に殴られたり蹴られたりしていた記憶があります。

原因は、大体母に歯向かったり言う事を聞かなかったりしたときに暴力を振るわれていました。

 

「誰が毎日早く起きて朝ごはん作って仕事から帰ってきて疲れてるのに夜ごはん作ってあげてると思ってるの!?」

「それがお腹痛めて産んでくれて育ててくれた親に対する態度!?」

そんな言葉と共に暴力を振るわれました。

 

何度も何度も蹴ったり殴ったりする母に恐怖を通り越して泣きながら何故か笑ってしまってました。こういう経験、ありませんか?

怒られている途中に笑ってしまう、それは火に油を注ぐ行為でした。

笑ったらこれ以上に激怒させてしまうとわかっているのに、勝手に「ハハ…ハ…」と笑いがこぼれてしまうのです。

 

そして泣きながら「ごめんなさい許してください」をひたすら繰り返せば、母は「いいよ」とは言いませんが、暴力はやめてくれました。

しかし、その日一日機嫌は戻りません。物にあたったり、話しかけてもそっけない態度を取るなどされますが、次の日の朝には元通りになっているのを見て、安心していたのを覚えています。

 

もう一つ、母はすぐ家出をしようとするのです。

小さなころは、すぐにかばんを持ってコートを着て家を出ていこうとする母を妹と二人掛かりで泣きながら必死に止めていました。

「もうお母さん実家帰るから。じゃあね」と言い捨てる母の言葉をまっすぐに受けとめ、お母さんが帰ってこなくなるかもしれない、と恐怖していました。

 

私が中学生になると、母が出ていこうとしても「どうせすぐに帰ってくるから大丈夫」と放っておくようになりました。実際、五分くらいで母は帰ってくるのでした。

 

私が高校生になった今では、そんなことはほとんどなくなりましたが、代わりに母はすぐ泣くようになりました。

「お母さんが全部悪いって言いたいんでしょ」

「なんでわかってくれないの」

そう言って泣きながら過呼吸を起こしています。

 

母の行為は虐待だったのだろうか、躾だったのだろうかと疑問を抱く時が多々あります。

もし殴られたり蹴られたりしてなかったらもっといい子に育ったかなって最近は思います。いい子じゃない私が悪いんですが、心のどこかで母に暴力振るわれたから私も暴力振るってしまうのかなと…。人のせいにする私、相変わらず最低ですね。

 

私が親になったら自分の子供にも暴力振るって挙句の果てには離婚するのかな。

恐怖

月曜日、けんちゃんに会いに行きました。

入院の時だけお世話になる先生です。

 

最近の私はすごく調子が良くて元気になったと思ったから元気な姿をけんちゃんに見せたいなと思ったので会いに行きました。

 

「お前、今の元気な状態がずっと続いてこのまま治るとでも思ってんの?」

と言われました。こんな言い方だったかは忘れましたが、こういう意味のことを言われました。

 

私はそんなことないと薄々は気づいていましたが、信じたくなかったので「当たり前でしょ」と答えました。

 

「良くなったり悪くなったりを繰り返しながら20年かけて治るの。だからそのうち絶対悪くなるし、なんなら今年持たないかもね」

と言われました。

 

りゅうくんにもこの楽しい状態は長くは続かないと言われていたので、そこまで絶望はしませんでしたが、やはりショックは受けました。

 

今、大学に行きたくて勉強していますが、また今年の夏のように堕ちてしまったら勉強どころではなくなります。

一年後には受験を控えているのに、休んでなんかいられません。

 

もし大学に受かったとしてもちゃんと登校できるのか、単位取れるのか、バイトもしなくちゃいけないし、元気でいないといけないのに。

 

不安でしょうがないです。

 

けんちゃんは、堕ちた時に今くらい楽しい状態もあるんだって事を思い出して安心することが大切だって言いました。

 

でも、元気な状態の私は、辛かった時の私を思い出せませんでした。なんであんなに死にたかったのか、毎日なにに苦しんでいたのかサッパリ忘れてしまってました。

 

だから、堕ちても、元気な私を思い出せないんじゃないかと思ってます。

 

堕ちたら死ぬことしか考えなくなる。

頓服も効かない。

発狂してしまいそうな毎日。

地獄の入院生活。

自傷行為に依存。

 

これから必ず待ち受けてるんです。

堕ちるのは確実なんです。

 

どうしようもないのです。

ただ、地獄が来るのを待つだけ…。

 

不安で不安でたまりません。

こわい、恐怖です。

 

あんな地獄をまた体験するくらいなら幸せなうちに消えちゃいたいなって思ってしまいます。